

新規事業は成功ばかりではありません。失敗もあって、それがめちゃくちゃ勉強になります。ただ、みんな立場的にオープンには出せないので、いろいろな企業の人たちとオフレコで情報交換しています。
先に一行だけ置きます。新規事業のアイデアが通らないのは、中身が評価されているからではありません。決まった型の言葉で却下されるからです。私はそれを「呪い」と呼んでいます。
私はJTCに所属していて、大企業の新規事業プログラムの運営や、イントレプレナーの裏側を見てきました。普通はSNSで発信できないような、リアルな試行錯誤や失敗談といったタブーに切り込んでいきたいと思っています。大企業の新規事業は呪われています。特S級の呪詛物です。
今日は、「その新規事業、なんでうちでやるの?」という4つの呪いについて、話をしていこうと思います。やられてしまった人たちの怨念を、エピソードとして共有することで成仏させていきます。
前置きはさておき、本題に入ります。

1つ目のエピソードを共有してくれたのは、大手製造業のシステム部門に所属する20代の男性です。
社内の知見を活かした業務効率化サービスを提案されました。製造業界の大手である自社の知見は、数多くの中小の製造業でも有効活用できると考え、生成AIを活用できないかと考えた企画です。
上司に提案したところ、こう返ってきました。「うちってモノ作りの会社でしょ。ソフトウェア事業やってる会社じゃないの、分かってるよね。自分の技術とどう関係あるの。うちの強みを活かしてないよね」。まともに話を聞いてもらえませんでした。

強みを活かす必要があることは分かります。ただ、上司の言う「うちの強み」とは何なのか。自分は大手企業の社内の知見に強みがあると言っているのに、ホームページに載っている強みだけが強みではないはずです。
過去の強みに未来を縛られるのは、おかしくないでしょうか。既存事業を無理やり紐づけるからプロダクトアウトになって、結局売れない商品をたくさん作ってきたわけです。市場や顧客の課題に対して、うちの強みを定義するべきではないか。そういうお手紙をいただきました。
この話の問題点は、「強み=既存事業の技術や資産」という固定観念です。事業の市場性や成長性より、自社の延長線上で語らないと却下されがちになります。JTCに長く勤めていると、先輩たちに言われてきた自社の強みを思い込んでしまうのです。自分の頭で客観的に分析したわけでもなく、会社紹介に書かれている内容を鵜呑みにしている。
教訓としては、自社の強みを技術や資産だけに置かないことです。人材、販売網、信頼といった組織資産など、拡張可能な強みに再定義していく必要があります。

2つ目のエピソードは、大手保険会社に勤める企画部門の30代男性です。
自分の世代がターゲットになる、ミレニアル世代向けの「生活習慣改善×ゲーミフィケーション」のサービスを企画されました。生活習慣病が社会課題になっている中で、生活習慣の改善はなかなか継続しないので、ゲーミフィケーションを交えれば楽しく続けられるのではないか、という発想です。
上司に提案したところ、返ってきたのは「でもそれ、今のお客さんが求めているとは思えないよ。どうせ本業の保険に繋がらないでしょ」という言葉でした。

そりゃ今の顧客は求めていません。でも、近い未来の顧客はこれを当たり前に使っているかもしれない。少なくとも市場にはそういう課題を抱えている人がいて、ゲーミフィケーションにも一定の効果が出ているのに、なぜ理解してもらえないのか。
顧客に合わせて事業を変えるだけではなく、顧客像を未来に広げるのが新規事業ではないか、という声でした。
問題点は、現在の顧客セグメントやビジネスモデルに縛られすぎていることです。新たな顧客を獲得しにいく発想を持てていません。そのくせ普段の業務では、既存顧客では絶対に達成が不可能な目標を立てたり、新しい顧客を獲得してこいと言ったりする。自分の中で自己矛盾していることに気づいていないのだと思います。
教訓としては、今の顧客やビジネスモデルを基準にせず、未来の市場と新たな価値観の獲得を前提に語るべきだ、ということです。

3つ目は、総合商社の20代女性のエピソードです。海外の教育市場向けのEdTechプラットフォームを、現地パートナーも収益モデルも揃えて提案されました。
上司に提案すると返ってきたのは、「確かにビジネスとしては筋がいいかも。でも、うちがやらなくても他社でもできるよね」という、何が判断基準なのかよく分からない反応でした。
筋が通っていると言われたのに、うちじゃなくてもいいとはどういうことか。何のための新規事業部門なのか。商社なんだから、新しい市場が作れて、自社の新しい収益源が作れるなら、たとえ他社がやってもトライすべきではないか。
厄介なのは、この言葉が反論の足場を奪う点です。筋の良さは認められているので、企画の内容を改善しても状況は変わりません。かといって「自社がやる必然性」は、事業が立ち上がる前に証明できるものでもない。証明できないことを求められている以上、何を持っていっても同じ言葉が返ってきます。

そもそも、他社でもできる事業をやってはいけない、という決まりはありません。
市場に価値があり、自社の収益になるなら、先に始めたほうが有利です。他社にできるかどうかは、やらない理由ではなく、急ぐ理由のはずです。
教訓としては、必然性を先に問うのをやめることです。必然性は、事業を進める中で自社のアセットと噛み合ったときに、後から出来上がります。順番が逆になっています。

4つ目は、大手食品メーカーのマーケティング担当、20代女性です。食品廃棄を活用したアップサイクル事業を提案したところ、「うちは食べ物を売る会社だから」と返されました。
4つの中で最も曖昧で、最もダメージが大きい呪いです。「うちっぽさ」に明確な定義はありません。食べ物を売るだけと思い込んでいて、周辺の価値創造が見えていない気がします。古いCSRの考えのまま止まってしまっているのかもしれません。
教訓としては、事業の周辺にこそ、未来の中核事業の種があるということです。まったく既存と関係ないところでの新規事業は成功確率が低く、それではスタートアップと何も変わりません。大企業だからこそ、自社の強みを周辺事業にうまく展開することで、スタートアップとは異なる勝ち方ができるようになります。

新規事業と一口に言っても、新商品の企画を思い浮かべる人もいれば、ソリューションの一機能の追加を考える人もいます。収益を上げることが難しいボランティアのようなものもあれば、スタートアップが狙うムーンショットのようなものもある。それ、ただのスモールビジネスだよね、というものもあります。
私は、大企業における新規事業は、既存事業のアセットを正しく評価し、そのアセットが競争優位性を持てる市場に転用することが、ひとつのあり方だと考えています。

4つに共通しているのは、論理ではなく感覚や思い込みが根拠になっていることです。だから反論もしにくい。
新規事業は自社らしさを拡張するはずなのに、逆に狭い定義で縛ってくるケースが、めちゃくちゃ多い。呪いの言葉は、論破しにくい構造をしているのが厄介なところです。
そして、もうひとつ共通点があります。4つのエピソードはいずれも、新規事業の定義が曖昧で、その意味が社内で共有されていない状態で起きています。何を新規事業と呼ぶのかが揃っていないから、判断の基準もそのときの感覚になる。

こういう話をすると、気合いが足りなかったのかな、企画が甘かったのかな、と自分を責めてしまう人がいます。
そこは切り分けたほうがいいと思います。企画の精度で解ける部分と、構造で決まっている部分は別ものだからです。
呪いの言葉が返ってくる場面のほとんどは、後者です。同じ企画を、定義が共有されている組織に持っていけば通ることもある。上司個人の資質の問題ですらなく、評価の基準が用意されていないという構造の問題です。

上司の言葉に呪いが宿ってしまう背景には、新規事業は答えが見えないものだ、という不安もあると思います。
ただ、これはもう呪いというより構造的なバグです。むしろ「うちっぽくないこと」をやってこそ、組織が前進するきっかけになります。
新規事業に必要なのは、競争優位より、意志の優位性です。うちがやると決めたからやる。それでいいのだと思います。
自分の現場でも似たような呪いを聞いたことがある、という方は、ぜひ教えてください。上司に呪いをかけられました、という実話も募集しています。
以上です。
ARC channel
アークチャンネルは、新規事業開発の実践者たちが好き勝手喋るVTRの内容を、スタートアップスタジオの先輩社員の神谷と、大学生インターンの五十嵐がゆるく、まじめに掘り下げていくトーク番組です。\n\n・大企業特有の「新規事業の闇」\n・スタートアップの人材採用や育成の舞台裏\n・AI時代ならではの企画ノウハウ\nなど、『そこまで言っていいんかい!』な新規事業のリアルに切り込みます。
中身が評価されているのではなく、決まった型の言葉で却下されるからです。「うちの強み活かしてないよね」「今の顧客が求めてない」「うちじゃなくてもよくない?」「うちっぽくない」の4つが典型で、根拠が論理ではなく感覚や思い込みなので反論もしにくくなっています。
強みを技術や資産だけに置かず、人材・販売網・信頼といった組織資産まで含めて、拡張可能な形に定義し直すことです。会社紹介に書かれている強みを鵜呑みにしていると、過去の強みに未来を縛られます。
現在の顧客セグメントに縛られすぎています。そのくせ普段の業務では、既存顧客だけでは達成不可能な目標を立てたり、新しい顧客を獲得してこいと言ったりする。今の顧客を基準にせず、未来の市場と新たな価値観の獲得を前提に語るべきです。
市場に価値があり自社の収益になるなら、他社にできることは、やらない理由ではなく急ぐ理由です。そもそも自社がやる必然性は、事業を進める中でアセットと噛み合ったときに後から出来上がるもので、始める前に証明を求めるのは順番が逆です。
企画の精度で解ける部分と、構造で決まっている部分は別ものです。呪いの言葉が返ってくる場面のほとんどは後者で、新規事業の定義が社内で共有されていないために判断がその時の感覚になっています。必要なのは競争優位より、うちがやると決める意志の優位です。