
去年、家に食洗機を買いました。
皿とコップは、たしかに洗わなくてよくなりました。ただ、フライパンと包丁と木のまな板は入りません。流しに残るのは、いちばん洗いたくないものばかりになりました。
しかも、作業は減ったはずなのに、洗う前に「これは食洗機に入るのか」を1枚ずつ決める、考える手間が増えました。半年たっても、流しに立っている時間は変わっていません。
AIで業務を自動化する会社が増えてきました。ただ、機械に任せた量のぶんだけ現場が軽くなるとはかぎりません。自動化したあとに人へ何が残るかで、結果が分かれます。
僕も、どの工程をAIで自動化するかの決め方を間違えました。いちばん自動化しやすい工程を選んだ結果、人の手元に残った仕事が、前より難しくなっています。
先に一行だけ置きます。AIで業務を自動化した効果は、機械が引き受けた仕事ではなく、人に残った仕事で測ります。 易しいところから順に自動化されるので、人の手元には難しいところだけが残るからです。
この話に出てくる事業
僕の会社は、大企業と一緒に事業を作る共創事業として、必要最小限の機能に絞り、まず小さく作って現場で使ってみるプロダクト(MVP)をいくつか立ち上げています。そのひとつが、自動車部品のプレス加工をしている会社で、出荷前の検品をAIで自動化する仕組みです。この共創事業で、僕の会社はそのAI検品システムを開発する役割です。
この会社は、完成車メーカーに直接納めているわけではありません。完成車メーカーへ部品を納める会社(一次サプライヤー)に、部品を納めています。この立場を二次サプライヤーと呼びます。作っているのは、自動車のドアヒンジを留める補強プレートです。手のひらほどの鋼板を、プレス機で抜いて、曲げます。
納め先はその一次サプライヤー1社だけで、納品と回収を繰り返して使う通い箱に決まった枚数を詰めて、毎日トラックで運びます。
出荷の前に、人が1枚ずつ目で見ています。見ているのは、打痕(物が当たってできたくぼみ)、バリ(切った縁に残る出っぱり)、曲げ角のずれ、めっきのかすれ、面のキズ、刻印の欠け。この6件です。はねた分は通い箱から抜いて、枚数を数え直して、詰め直します。検品と再梱包と呼ばれている工程で、担当は3名です。
この検品を、AIで自動化することにしました。作ったのは、通い箱から出したプレートをコンベアに載せ、上下のカメラで撮って、AIが良品か不良かをその場で判定する仕組みです。判定が出たプレートは、仕分け用の機械の腕でそのまま良品側と不良側に振り分けられます。
いちばん自動化しやすい工程で、いちばん効くはずでした。
今日は、AIで自動化する範囲の決め方が、なぜうまくいかなかったのか、という話をしていこうと思います。
前置きはさておき、本題に入ります。
① 教科書どおりに、いちばん自動化しやすい工程をAIで自動化した


業務自動化の基本をすでにご存じの方は、② 半年後、不良0件のまま、はねるべき1枚が納め先に届いたから読み進められます。
業務自動化とは
業務自動化とは、人がやっている作業を、道具や仕組みに置き換えて、人の手を介さずに進むようにすることです。転記、集計、書類の仕分け、問い合わせへの一次回答などが対象になります。
「無人化」とは違います。実務で起きるのは、作業が丸ごと消えることではなく、作業の一部が機械に移り、人には別の役割が残ることです。この記事の後半は、その残った側の話になります。
なぜ今、業務自動化が求められるのか
背景は3つあります。
- 人材の不足 — 働き手が減り、同じ人数で同じ量を処理できなくなった
- 働き方の見直しとコスト — 労働時間を抑えつつ、費用も抑える必要が出た
- DXの推進 — データが電子化され、機械が扱える形の作業が増えた
3つ目が、実行を可能にした条件です。紙のままの工程は、自動化の前に電子化が要ります。
業務自動化とDX推進の関係
業務自動化はDXの一部ですが、同じものではありません。
| 何をするか | ゴール | |
|---|---|---|
| 業務自動化 | いまの手順を、機械に置き換える | 同じ結果を、より速く安く |
| DX | 手順そのものを設計し直す | 事業のやり方が変わる |
いまの手順のまま自動化すると、無駄も一緒に固定されます。自動化の前に「この工程は本当に要るのか」を1度だけ問うと、作らずに済むものが出てきます。
メリット1|作業時間が短くなる
人が1件ずつ処理していた作業が、まとめて短時間で終わります。効果が大きいのは、件数が多く、1件あたりが短い作業です。逆に、件数が少なく1件が重い作業では、作る手間のほうが上回ります。
メリット2|人為的なミスが減る
転記の写し間違い、桁の間違い、対応漏れが減ります。
ただし、減るのは「うっかり」の側だけです。設定を間違えた自動化は、間違いを高速で大量に生みます。ミスの総量ではなく、ミスの出方が変わると考えてください。
メリット3|費用が下がる
作業に充てていた人件費と、残業代が減ります。ただし、下がるのは運用が安定してからです。導入から数か月は、作る費用と直す手間のほうが大きくなります。
メリット4|手順が標準化される
自動化するには、手順を明文化する必要があります。この「書き出す」作業そのものに価値があります。人によってやり方が違っていたことや、誰も理由を説明できない手順が、ここで表に出ます。
メリット5|人手不足が和らぎ、働く人の負担が減る
単調な繰り返しから人を外せます。採用が難しい職種ほど効きます。
あわせて、離職の理由になっていた作業が消えることで、定着にも効くことがあります。ただし「楽になった時間で何をするか」を決めていないと、別の作業で埋まるだけになります。
デメリット1|初期の費用と、始めるまでの手間
ツールの費用だけでなく、手順を書き出し、設定し、試す時間がかかります。この時間は現場の担当者から出るため、通常業務と並行できる量かどうかを先に見てください。
デメリット2|業務の中身が分かる人がいなくなる
自動化した工程は、数年で「なぜそうしているか」を説明できる人がいなくなります。
止まったときに、誰も手作業に戻せない状態が起こりえます。手順書を残すことと、年に1度は手で流してみることが対策になります。
デメリット3|既存システムとの連携が難しい
古いシステムはデータの取り出し口が無いことがあります。画面の操作を真似る形で繋ぐと、画面の変更で止まります。
デメリット4|作ったあとの管理が要る
自動化は作って終わりではありません。誰が持ち主か、止まったとき誰が直すか、誰も使っていない自動化をいつ止めるか。
管理されていない自動化は、数が増えるほど危険になります。作った人が異動したあと、動いているのに中身が分からないものが残ります。
自動化に向いている業務の特徴
3つが揃うほど向いています。
- 定期的に発生する — 毎日・毎週・毎月など、繰り返しがある
- ルールが明確で、結果が再現できる — 同じ入力なら同じ結果になる
- 件数が多い — まとめて処理する量がある
自動化に向かない業務の特徴
逆に、次のどれかに当たる工程は、最初の対象にしないほうが安全です。
- 例外が多く、判断が要る — ルールで書き切れない
- 件数が少ない — 作る手間を回収できない
- 手順がよく変わる — 直し続けることになる
- 間違いに誰も気づけない — 出力が正しいかどうかを、後から確かめられない
4つ目が、いちばん見落とされます。頻度が高くてルールが明確でも、結果の正しさを誰も確かめられない工程は、自動化した瞬間に検査が消えます。(この記事の後半は、ここの話です)
方法1|マクロ・VBA・自動化スクリプト
Excelなどの上で動く操作の記録・実行がマクロとVBA、プログラムを書いて処理するのが自動化スクリプトです。
費用がほとんどかからないのが利点で、作った人しか直せないのが欠点です。属人化を避けるには、置き場所と作者を台帳で管理してください。
方法2|RPA・iPaaS
RPAは、人がパソコン上で行う操作を記録して繰り返す道具です。iPaaSは、複数のクラウドサービスの間をつないでデータを流す仕組みです。
| 得意なこと | 弱点 | |
|---|---|---|
| RPA | 画面の操作をそのまま真似る。既存システムを改修せずに済む | 画面が変わると止まる |
| iPaaS | サービス間のデータ連携を安定して回す | 対応していないサービスは繋げない |
繋ぎ先にAPIがあるならiPaaS、無いならRPAというのが基本の選び方です。
方法3|AI・AIエージェント・チャットボット・OCR
ルールで書き切れない部分を扱うのがこの系統です。
- OCR・AI-OCR — 紙や画像を、機械が扱えるデータに変える
- チャットボット — 問い合わせの一次対応を引き受ける
- AI・AIエージェント — 文章の要約・分類・判断を含む工程を担う
この系統には、前の2つと決定的に違う性質があります。出力が毎回同じとは限らず、間違えたことが結果の形からは分かりません。だから、確かめる仕組みを別に用意する必要があります。
自動化ツールの種類(デスクトップ型・クラウド型・サーバー型)
| 型 | 置き場所 | 向いているとき |
|---|---|---|
| デスクトップ型 | 個人のパソコン | 部署単位で小さく始めたい |
| クラウド型 | 事業者のサーバー | 導入が速い。社外サービスとの連携が多い |
| サーバー型 | 自社のサーバー | 大量処理と、全社での統制が要る |
デスクトップ型で始めて全社に広げるとき、管理できなくなるのがよくある詰まりどころです。広げる可能性があるなら、最初から管理のしかたを決めておいてください。
業務自動化の進め方|6ステップ
順番はこうです。
- STEP1 自動化の候補になる業務を洗い出す(現状の可視化)
- STEP2 対象を1つ選び、使うツールを決める
- STEP3 小さく始めて運用する
- STEP4 効果を測り、出てきた課題を拾う
- STEP5 直したうえで、本格導入する
- STEP6 持ち主を決めて、保守と運用を続ける
STEP4の「効果を測る」で、多くの現場が止まります。削減した時間だけを数えると、その工程の外で増えた作業が数字に入りません。測るなら、工程単位ではなく、前後を含めた範囲で測ってください。
自動化ツールの選び方
見るのは7点です。
- 対象の業務を自動化するのに必要な機能があるか
- 既存のシステムと連携できるか
- あとから範囲を広げられるか(拡張性)
- 現場の人が触れるか(ノーコードか)
- 費用とライセンスの形(台数か、実行回数か)
- セキュリティ(どこにデータが置かれるか、権限をどう絞るか)
- サポートと、無料で試せる範囲があるか
4つ目が、続くかどうかを分けます。情報システム部門しか直せない作りにすると、小さな変更のたびに依頼が滞留します。
業務自動化が進まない理由
よく挙がるのは4つです。
- 業務の実態が把握できていない — 誰が何にどれだけ時間を使っているかが分からない
- どの業務を自動化すべきか見極められない
- 効果を測れない — 導入前の状態を数えていないので、比べられない
- 進められる人がいない
3つ目は、導入の前にしか解けません。着手前に、対象の工程にかかっている時間と件数を数えておいてください。
部門別の自動化の例
| 部門 | 自動化される作業 |
|---|---|
| 営業 | 名刺情報の登録、お礼メールの送付、日程の調整 |
| カスタマーサポート | 問い合わせへの一次回答、履歴の記録 |
| 人事 | 勤務時間の集計、入退社に伴う各種登録 |
| 経理 | 入金の消し込み、請求書の読み取り、経費の仕分け |
| 製造・物流 | 検品、伝票の作成、在庫データの更新 |
上の3つと下の2つでは、性質が違います。上は間違えても後から気づけますが、下は現物が出ていってしまうと、気づく機会そのものが無くなります。
どの工程からAIで業務を自動化するかは、素直に教科書どおりに決めました。
業務自動化の教科書に載っている選び方は3件あります。繰り返しが多い工程、判断の基準が言葉にできる工程、1日の件数が多い工程。この3件のどれかに当てはまるところから自動化しろ、と書いてあります。3件全部で絞ると、候補は出荷前の検品しか残りませんでした。
検品を担当している3名に聞いても、挙がったのは同じ工程でした。「一日中これをやっているのが一番きついです」と即答されています。
最初の判定が出た日のことは、よく覚えています。
打痕のあるプレートを1枚わざと混ぜてコンベアに流すと、仕分け用の機械の腕が動いて、不良側の箱に落ちました。バリの立った1枚も落ちました。検品担当者の1名は、自分がいつもはねている見本を10枚ほど持ってきて、その場で流しています。その10枚も、ほとんどが正しく不良側に落ちました。
この段階では、外した感覚はまったくありませんでした。
ここまでが、業務自動化の教科書どおりの整理です。繰り返しが多く、ルールが明確で、件数のある工程から始める。この選び方で、たいていの自動化は成功します。
この記事の後半で扱うのは、その選び方で選んだ工程の話です。3つの条件は満たしていました。4つ目の条件——間違いに誰が気づけるか——を、当時の私は数えていませんでした。
② 半年後、不良0件のまま、はねるべき1枚が納め先に届いた

ところが、判定の精度を上げる調整を続けて半年ほど経ったころ、出荷前の通い箱から、打痕のあるプレートが1枚見つかりました。見つけたのは検品担当者です。機械が良品側に振り分けたプレートを、箱詰めの前にぱらぱらと見返す習慣が残っていて、その目に引っかかりました。あと一歩で、そのまま出荷されるところでした。
そのとき手元の画面に出ていた数字は、不良0件です。赤い表示は、1件も出ていませんでした。
判定の記録を開いて分かったのは、「不良0件」と「全部を見終えた」が別物だということでした。判定されていなかったのは、カメラに映る範囲(画角)から外れたもの、治具(プレートを決まった向きで載せる台)に載せ損ねて傾いたもの、撮影の露出(カメラに取り込む光の量)が飛んで白くなったものです。これらは不良と判定されたのではなく、判定そのものが行われないまま、良品側へ流れていました。
AIに判定させた検査項目は6件です。半年分の記録を数え直すと、6件すべてを最後まで自動で判定できたプレートは、0枚でした。どのプレートも、6件のうちどれか1件は、機械が判定できないまま残しています。機械が判定できずに残った項目は、人が目で見て判定を補う決まりでした。
それでも画面は、ずっと不良0件のままでした。判定していないものは、不良にも良品にも数えられていなかったからです。検品担当者が目視で判定を補い損ねた1枚が良品側へ流れても、画面の上では何も起きません。
③ 気づいたのは、検品の手順書の半分が、機械の言い訳で埋まっていたときでした

見つかったのが1枚だけなら、まだ「たまたま混ざったのだろう」で済ませていたかもしれません。
引っかかったのは、検品を担当している3名が自分で書き足していた手順書です。AIで自動化する前は、A4で2枚に収まっていました。半年後に印刷し直すと、A4で2枚にはとても収まらない量になっていて、行数にして258行あります。増えたぶんが何なのかを見たくて、書かれている中身で分けてみました。
| 何が書いてあるか | 量 |
|---|---|
| 検品と再梱包のやり方そのもの | 130行 |
| 機械が判定できなかったときの理由と対処 | 128行 |
ちょうど半分です。手順書の半分が、AIが判定できなかったときの話で埋まっていました。
しかも、その128行は減りません。露出が飛ぶ条件、治具に載せ損ねる形、めっきが光って白く映る角度。判定できない理由は、増えることはあっても消えないからです。
そして手順書の末尾には、人が目で見て確かめる項目が並んでいました。数えると18件あります。AIで自動化する前、この一覧は存在していませんでした。
この手順書と18件の目視項目を見て初めて、AIで自動化する範囲の決め方が悪かったのではないか、と思いはじめました。
④ 原因を1件に絞る

外した理由として思い当たることは、いくつもあります。カメラの位置が悪かったこと、治具を作り直さなかったこと、検品担当者を巻き込むのが遅かったこと。
ただ、原因を絞ると1件でした。
いちばん自動化しやすい工程を、AIで自動化したこと。
自動化しやすい工程とは、判断が易しい工程のことです。まっすぐ載った、きれいに撮れた、傷がはっきり写っている。そういうプレートだけが、機械にとっては易しいものです。
その易しい部分を機械が引き受けると、人の手元には、まっすぐ載らなかったもの、きれいに撮れなかったもの、傷かどうか際どいものだけが残ります。
自動化する前は、易しいプレートと難しいプレートが混ざって流れてきていました。易しいプレートも間に入っていたので、人の目がプレートの見え方に慣れる時間がありました。
いまは、難しいプレートだけが連続して来ます。 人が1枚を見終えるまでにかかる時間は、AIで自動化する前より長くなっています。
⑤ 直したのは1箇所だけ

やったことは、AIに判定させる中身を、良品か不良かの二択(二値分類)から外すことだけです。
良品か不良かを機械に決めさせるのをやめました。代わりに、撮れた画像がどの型(種類)に当てはまるかだけを分類させるようにしました。型は8件です。打痕、バリ、曲げ角のずれ、めっきのかすれ、面のキズ、刻印の欠け。この6件のどれにも当たらず、面がはっきり写っているものは「傷なし」。6件のどれとも傷なしとも決めきれないものが「どれでもない」です。最後の1件が要でした。
「どれでもない」に落ちたプレートは、機械が良品側にも不良側にも振りません。仕分け用の機械の腕を素通りして、人の手元にそのまま回ります。判定できなかったプレートの行き先が、ここで初めて決まったことになります。
この分類の規則には、検品担当者が普段使っている呼び分けを30件分書き込みました。「かすれ」と「くもり」と「白飛び」を別のものとして扱うような、現場の言い方をそのまま入れています。「どれでもない」に落ちた1枚を最後にどちらへ入れるかは、この30件の呼び分けを理解している検品担当者が決めます。
⑥ あとで知った ── 40年以上前に、同じことが論文になっていました

しばらくして、自動化の研究を読んでいて、手が止まりました。
Lisanne Bainbridge という研究者が1983年に書いた「Ironies of Automation」という論文です。載ったのは、機械や設備を狙いどおりに動かす技術である制御工学の学術誌 Automatica の19巻6号で、たった5ページしかありません。扱っているのは、化学製品の製造設備である化学プラントの運転員と航空機のコックピットです。AIという言葉は、どこにも出てきません。
そこには、次のように書かれていました。「By taking away the easy parts of his task, automation can make the difficult parts of the human operator’s task more difficult」。易しい部分を取り去ることによって、自動化は、人に残った難しい部分をさらに難しくしうる、という意味です。
同じ論文には、次のようにも書かれています。「the designer who tries to eliminate the operator still leaves the operator to do the tasks which the designer cannot think how to automate … the operator can be left with an arbitrary collection of tasks, and little thought may have been given to providing support for them」。人を外そうとした設計者は、自分が自動化のしかたを思いつけなかった仕事を、そのまま人に残す。残されるのはばらばらの寄せ集めで、それを支える手立てはほとんど考えられていない。
手順書の128行と、18件の目視項目は、まさにこれでした。ばらばらの寄せ集めが、機械の判定から漏れた順に積み上がっていたわけです。
新しい理屈は、ひとつも要りませんでした。
⑦ 変えてみて、何が良くなって、何を失ったか

AIに判定させる中身を変えてから、検品の現場で変わったことがあります。
まず、「不良0件」という表示が消えました。 代わりに出るのは、良品の枚数、不良の枚数、そして「どれでもない」の枚数の3件です。「どれでもない」の枚数が毎日出るので、機械が見ていない分がどれだけあるかを、朝いちばんに読めます。
次に、出荷前の抜き取りで見つかる「機械をすり抜けた1枚」が出なくなりました。判定されていないプレートが良品側に混ざらなくなったからです。
ただ、代償があります。3件書いておきます。
1件目。1日にさばける枚数が落ちました。 「どれでもない」に落ちた分だけ、人の手が要ります。機械が全部さばいていたころの見かけの速さは、二度と出ません。
2件目。「AIで業務を自動化した」と言いづらくなりました。 良品か不良かを機械が決めていないので、説明すると必ず「それは自動化と呼べるのか」と聞かれます。
3件目。難しい判断だけが人に残る構図そのものは、直っていません。 「どれでもない」の箱に入るのは、際どいプレートばかりです。そこで、人が難しいプレートだけを見続けないように、月に一度、機械が良品と判定したものからも数十枚を抜いて、検品担当者が目で見る手順を足しました。易しいものを人の目に戻すためだけの手順で、生産の役には立っていません。先に人へ残る仕事から決めていれば、払わずに済んだ代償でした。
⑧ 現場でAIに任せる範囲を決めるなら、この3つの問い

どこまでをAIで自動化するかを決めるとき、使っている問いはこれだけです。
| 問い | はい | いいえ |
|---|---|---|
| 機械が判定できなかったものの行き先を、いま言えるか | 進めてよい | まだ自動化しない |
| 易しいものと難しいものが、いま混ざって流れているか | 要注意。分けると難しいものだけが人に残る | 自動化してよい |
| 画面に出る「0件」を、全部を見終えた結果だと言い切れるか | 進めてよい | 数え方を先に直す |
3件のうち、いちばん効くのは真ん中です。易しいものと難しいものが混ざって流れている工程をAIで自動化すると、人の手元には難しいものだけが連続して届きます。 1件あたりの負荷は、自動化する前より上がります。この上がり方は、決める時点では見えません。
逆に、もともと難しいものだけが集まっている工程は狙い目です。すでに人が難しさを引き受けているので、機械が何を持っていっても、残る側の中身が変わらないからです。
この3件の問いは、扱っているものには依存しません。鋼板でも、書類でも、問い合わせでも同じ形で使えます。
⑨ この見方が効き続ける理由

AIの判定を担うモデルが賢くなっても、人に残る側から先に見るという順番は変わらないと考えています。
賢さが伸びると、機械がさばける範囲は、易しいものから広がります。機械がさばける範囲と人に残る範囲の境界が動くたびに、人に残るのは、そのときの機械にとって難しいものだけになります。残る側の中身は、機械が賢くなるほど難しくなっていきます。
Bainbridge の論文は、最後にもう1件の皮肉を置いています。「it is the most successful automated systems, with rare need for manual intervention, which may need the greatest investment in human operator training」。人が手を出す場面がめったにない、最もうまくいった自動化ほど、人の訓練にいちばん大きな投資が要る。1983年に化学プラントの運転員へ向けて書かれた一文が、そのまま当てはまりました。
だから、AIで業務を自動化する計画を立てるときは、機械が引き受ける工程の一覧より先に、人に残る工程の一覧を作ったほうが早いと思っています。残る側の一覧が書けない自動化は、たいてい、残る側を見ていません。
AIに任せる範囲を実際の工程に即して決める方法は、AIによる業務自動化のページに整理しています。どこまでをAIで自動化するか決めかねている工程があれば、こちらからご相談ください。
食洗機は、いまも毎晩回しています。フライパンは、今日も流しに残っています。
入るか入らないかは、そろそろ覚えてもよさそうなものですが、いまだに毎回、扉を開けて確かめています。
以上です。
▶ この記事のテーマを実務で相談する: AI業務自動化
業務自動化のよくある質問
業務自動化とは何ですか?
人がやっている作業を、道具や仕組みに置き換えて、人の手を介さずに進むようにすることです。転記、集計、書類の仕分け、問い合わせへの一次回答などが対象になります。無人化とは違い、実務で起きるのは作業が丸ごと消えることではなく、作業の一部が機械に移り、人には別の役割が残ることです。
自動化に向いている業務と、向かない業務はどう見分けますか?
向いているのは、定期的に発生し、ルールが明確で結果が再現でき、件数が多い業務です。向かないのは、例外が多くて判断が要る、件数が少ない、手順がよく変わる、そして間違いに誰も気づけない業務です。4つ目がいちばん見落とされます。頻度が高くてルールが明確でも、結果の正しさを後から確かめられない工程は、自動化した瞬間に検査が消えます。
業務自動化には、どんな方法がありますか?
大きく3系統です。マクロ・VBA・自動化スクリプト(費用がほとんどかからない代わりに、作った人しか直せない)、RPA・iPaaS(繋ぎ先にAPIがあるならiPaaS、無いならRPA)、そしてAI・AIエージェント・チャットボット・OCR(ルールで書き切れない部分を扱う)です。3つ目は出力が毎回同じとは限らず、間違えたことが結果の形からは分からないため、確かめる仕組みを別に用意する必要があります。
業務自動化は、どんな手順で進めればよいですか?
6ステップです。候補になる業務を洗い出す、対象を1つ選んでツールを決める、小さく始めて運用する、効果を測って課題を拾う、直したうえで本格導入する、持ち主を決めて保守と運用を続ける。多くの現場が止まるのは4つ目です。削減した時間だけを数えると、その工程の外で増えた作業が数字に入りません。前後を含めた範囲で測ってください。
業務自動化のデメリットは何ですか?
4つあります。初期の費用と、手順を書き出して設定し試す手間。自動化した工程について、なぜそうしているかを説明できる人が数年でいなくなること。古いシステムはデータの取り出し口が無く、画面操作を真似る形で繋ぐと画面の変更で止まること。そして、作ったあとの管理が要ることです。管理されていない自動化は、数が増えるほど危険になります。
AIによる業務自動化の効果は、何を基準に測りますか?
機械が処理した量ではなく、自動化したあとに人へ残った仕事を基準に測ります。易しい部分を機械が引き受けると、難しい判断だけが人に連続して届くことがあります。その場合、機械の処理件数が増えても、人が1件を見る時間や負荷は自動化前より増えます。
業務自動化で「不良0件」と表示されても安心できないのはなぜですか?
「不良0件」は、判定した範囲で不良がなかったことしか示さず、全件の判定完了を意味しない場合があります。この記事の検品では、カメラの画角外、治具上の傾き、撮影の露出飛びによって判定されなかったプレートが良品側へ流れていました。判定されていないものは不良にも良品にも数えられないため、画面は0件のままでした。判定できなかった対象を別に数え、行き先を決める必要があります。
AIで自動化する範囲は、どのように決めますか?
まず、機械が判定できなかったものの行き先を言えるか確認します。次に、易しいものと難しいものが混ざっていて、分けたあとに難しい側だけが人へ残らないかを見ます。さらに、画面に出る0件が、全部を見終えた結果だと言い切れるかを確認します。確認できない点がある場合は、人に残る工程や数え方を先に設計します。
自動車部品のAI検品は、失敗後にどう直しましたか?
良品か不良かの二択をAIに決めさせるのをやめ、撮影画像を8件の型に分類させました。型は6件の不良項目と「傷なし」、どれにも決めきれない「どれでもない」です。「どれでもない」に分類されたプレートは良品側にも不良側にも振り分けず、人の手元へ回します。最後の判断は、現場で使う30件の呼び分けを理解した担当者が行います。
AI検品の判定方法を変えて、何が良くなり、何が悪くなりましたか?
判定されていないプレートが良品側へ混ざらなくなり、納め先からの返品が減りました。一方で、「どれでもない」を人が見るため、1日にさばける枚数は落ちました。良品か不良かを機械が決めないので、自動化と説明しにくくもなりました。難しい判断だけが人に残る構図は変わらず、月に一度、機械が良品と判定したものからも数十枚を抜いて人が確認しています。
AIで自動化すると、人の仕事が難しくなることはありますか?
あります。易しい仕事を機械が引き受けると、人には機械が処理できない難しい仕事だけが残るためです。この記事の検品では、まっすぐ載らないもの、きれいに撮れないもの、傷かどうか際どいものが連続して人へ届き、1枚を見る時間が自動化前より長くなりました。1983年のLisanne Bainbridgeの論文でも、易しい部分を取り去る自動化は、人に残る難しい部分をさらに難しくしうると論じられています。
- この話に出てくる事業
- ① 教科書どおりに、いちばん自動化しやすい工程をAIで自動化した
- 業務自動化とは
- なぜ今、業務自動化が求められるのか
- 業務自動化とDX推進の関係
- メリット1|作業時間が短くなる
- メリット2|人為的なミスが減る
- メリット3|費用が下がる
- メリット4|手順が標準化される
- メリット5|人手不足が和らぎ、働く人の負担が減る
- デメリット1|初期の費用と、始めるまでの手間
- デメリット2|業務の中身が分かる人がいなくなる
- デメリット3|既存システムとの連携が難しい
- デメリット4|作ったあとの管理が要る
- 自動化に向いている業務の特徴
- 自動化に向かない業務の特徴
- 方法1|マクロ・VBA・自動化スクリプト
- 方法2|RPA・iPaaS
- 方法3|AI・AIエージェント・チャットボット・OCR
- 自動化ツールの種類(デスクトップ型・クラウド型・サーバー型)
- 業務自動化の進め方|6ステップ
- 自動化ツールの選び方
- 業務自動化が進まない理由
- 部門別の自動化の例
- ② 半年後、不良0件のまま、はねるべき1枚が納め先に届いた
- ③ 気づいたのは、検品の手順書の半分が、機械の言い訳で埋まっていたときでした
- ④ 原因を1件に絞る
- ⑤ 直したのは1箇所だけ
- ⑥ あとで知った ── 40年以上前に、同じことが論文になっていました
- ⑦ 変えてみて、何が良くなって、何を失ったか
- ⑧ 現場でAIに任せる範囲を決めるなら、この3つの問い
- ⑨ この見方が効き続ける理由
- 業務自動化のよくある質問